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僕は時々旅に出る。旅といっても、電車に乗って何日もということではなく、フラッと散歩だったり、フラっとバイクだったり思いのままに行動する。これが自分にとっては旅だと思っている。
僕は旅にでると、やさしくなれる気がする。ラーメン屋で隣に座ったおじさんと目があったら会釈してみる。そこから会話が始まる。 食堂のおばさんに、「おいしいね、これ」と声をかけてみる。そこから、世間話が始まる。 バイクに乗っていると特にそういう機会が増えてくる。ふと休憩で立ち寄ったSAで、バイクのそばにしゃがんで、缶コーヒーを飲んでいると、必ず声をかけてくるのが「おじさん達」である。普段満員電車・会社の中でみかけるおじさん像はそこにはなく、「かつて若者であった男」として、声をかけてくる。そういうおじさんに、私は敬意を表しいろいろなことを教えてもらう。彼らは決まって、「無理するなよ。」と最後を締めくくる。その言葉の重さに僕は胸が熱くなる。 旅は、一期一会。だからこそやさしくなれる。普段と同じ環境でも気持ちを変えるだけで、何かが変わる。だから僕は旅に出る。 ![]() 朝7:00に目が覚めた。外は晴れ。あ、バイク乗りたい。7:30出発、奥多摩へ向かった。今年初のツーリング。カウル・スタビ・サス調整してからちゃんと乗るの初めてなのでどれくらい変わったのか楽しみだった。調布から中央に乗り、大月で降りる。そこから細い道を進みながら奥多摩湖へ。途中のダムでの写真です。 奥多摩からの周遊道路には、結構ライダーが来ていたが、GW前ということもあってか、道路はガラガラで、走るには最高の環境だった。カウルは、完璧で高速では今までは140キロ出すとすごく疲れたのが、少し伏せていると160キロまで出せた。直線がもう少し続けば180キロ超えるかも?スタビ・サス調整も完璧で、今まで多少不安だったコーナーもなんなくクリアでき、コーナーリングスピードも間違いなくあがった気がする。4時間くらいのミニツーリングだったが、今まででベスト3に入る気持ちよさだったかもしれない。 ![]() アマゾンでつい買ってしまった本の山。どんどん家に届くのですごく便利。やっぱり便利も幸せの一部かもしれない。
誰もが幸せになろうとがんばってますよね。でも、向かっていく方向が間違っていたらもったいないことになってしまいます。今の世の中の価値感で行くと、「便利=幸せ」という見かたがありますが、これってどうなんでしょうね?便利になるために、お金を投入することが多いのですが、それって優先順位的に一番最初で本当にいいのでしょうか?では、便利なものって何?
・携帯電話(最新式がすごくいい) ・車(広い・早い・かっこいいがすごくいい) ・家(会社に近いほうがすごくいい) ・家(広いほうがすごくいい)←これは便利とはちょっと違う ・メシ(うまいにこしたことは無い)←これも便利とは違います ・パソコン(余裕の動きがすごくいい) 少しずつ少しずつ、便利な方向に向かっていくようにお金を投入するのが普通ですね。通勤時間の30分なんか、死ぬほど便利ですし。中には全く違う使い方をする人もいると思いますが、少なくとも私は最近まで「便利=良い」という法則でお金と時間を使ってました。しかし、最近は全く逆のベクトルに使うようになりました。 ・車(狭くて・不便 2人乗り・マニュアル) ・携帯(大きくて・古い) ・遊び(遠くて・汚い) ・遊び(バイクより自転車) ・泊まり(ホテルよりテント) だんだんと、便利でない方向に行ってます。このマインドに変わってから、人生に対する不安がものすごく解消された気がします。なんでかわかんないけど、必要のない事にこだわっていたのかもしれません。 人間って、贅沢な生き物なんですよね。一回便利のピークを経験しないと、これに気がつかないんだな。ピーク以前に気がついた人は、尊敬します
人とすれ違うときに、「こんにちは!元気ですか?」と声をかける人とあいさつしないで通り過ぎる人と2種類存在します。そこには、「知っている」と「知らない」と2種類の分け方が存在します。では、「知り合い」という定義は何なのでしょうか?一緒に食事をしたとか、会社の同僚とかは間違いなく「知り合い」ですが、もう少し軽い知り合いも存在します。
例えば、話した事は無いが、同じマンションに住んでいる人。これは「知り合い」ですかね? 「知っている」と「知らない」は紙一重な部分だが、実際は大きく影響するくらいの差がある。極端に言うと、戦争が怒る原因もこの「知っている」と「知らない」の狭間で起こっているような気がする。では、その境目はどこにあるのか? 知らない人と、肩がぶつかった。これは知り合いにはなれない。 知らない人に財布を拾ってもらった。これは知り合いに成れる。 知らない人に席をゆずってもらった。これは微妙。 事故った。誤った。和解した。これは微妙だが知り合いになる可能はある。そこには誠意が存在しなければならないが。そう考えると、よっぽどの事が無い限り、知り合いになるのは簡単で「話した事があるかどうか?」ということと、「顔を知っているかどうか?」という2点である。それにプラスして「思いやり」が加わると、知り合いから「いい人」にランクアップする。TVタレントは何故か「いい人」の部類に入っている。厳密には知り合いではないのだが、接触回数が多い結果「擬似知人」になっているからだ。 満員電車は、ものすごく嫌な乗り物ですが、これがTVに出ている「知っている人」ばかりであれば極端にその嫌な感じがなくなると思います。知っていると知らないでは、それだけ差があります。この擬似知人の法則を利用して、もっと良い世の中にならないものだろうか?現状インターネットによる、擬似知人化は社会を悪化させるばかりであるが・・・。
今日は2人ヒーリングしました。2人目のSさんは、肩こり・首痛が慢性的な感じとのことで、まずは肩と首の痛みを波動を使って抜いていきました。するとSさんは、「あ、今抜けたの分かりました。こんな軽い感じは久しぶりです。」との反応でした。最後に心配事や、すっきりしない頭をヒーリングすると、「すいません、正直言って頭痛してきたんですけど」ということだったので、今度はその痛みの部分を波動を使ってヒーリングすると、「あ、今痛みが逃げて行ったの分かりましたよ。」といって、すっきりしていただいたようです。そして、心配事どうなりました?と言う質問には、「ちょっと考えます。」っていうことでした。今日は2人の方に健康になっていただき、嬉しく思います。波動整体恐るべし。
今日友人のTさんよりメールが来てました。
「いゃぁー、週末に不用意に足をくじいて負傷です。まっすぐ歩くには何とか大丈夫ですが、ひねりが入ると激痛が・・・。痛みからして骨はなんともないのですが、スジが伸びているかもですね・・・。こんな場合でも波動は効きますかね?」 というメールでした。まだまだ、初心者の私は、とにかくやってみましょうか。ということで15:00に合うことに。 右足の足首が痛いということで、波動を使って治療していました。一発でとはいかないまでも、ジョジョに痛みがやわらぎ、しゃがんだり、ひねったりして確かめていただいたのですが、最後には「あれ?あれ?なんともないぞ」といって喜んでいただきました。いやー、治っていただきありがとうございますって感じです。 ついでに、何か悩みとかあればトラウマ解除も習ったので、試してみます?どうせタダなので損しないでしょ?といいつつ、Tさんの長年の悩みを聞き、波動を使って治療しました。どうですか?と効いたところ「あれ?なんかあんまり気にならなくなってるような気がするけど、よくわかんないや。」と言ってました。さっきまで、僕のトラウマはこれですとはっきり言っていたのに、どうでもいいという感じになったようです。こちらも治っていただきありがとうございました。 日々努力して、皆さんに喜んでいただけるようがんばりたいと思います。
今日小平で、講習会を受けてきました。今までは札幌まで行っていたので、初めての小平体験です。そこでビックリしたことが2つ。一つは人数がたくさんいたこと。札幌はそんなに人数多くなかったのでびっくりしました。2つ目は、ランチの時に沖縄から講習を受けに来た方と、青森から講習を受けに来た方と席が一緒になったのですが、どうやら僕のブログを見たらしいんです。あ、ヒーリングライダーの方ですよね。とすぐに言われたので、やばいちゃんと書かなければ!と思い立ち、しばらくくだらない雑談だけでサボっていたヒーラーへの道を再開しました。ちょっとさかのぼりますが、1月の講習の際に、先生にタバコのダメージをとってもらいました。おかげで、3ヶ月以上タバコとは縁の無い生活してます。それと同時に、あんまりお酒も飲めなくなってます。なので、すごく今は体調が良い感じです。今までは1週間に3~4回はマッサージに通っていたのですが、4ヶ月くらい行っていないですね。波動整体の力恐るべしです。まだまだ未熟なので、あまり人の治療してませんが、随時アップデートする予定でがんばります。
外人に会うと、必ず負けたという気になります。特に西洋人。どうしてなんだろうと最近よーく観察していると、外人はうなずかないことに気づきました。それに比べて、自分はよくうなずくこと。うなずく理由としては、話聞いてますよ。理解力ありますよ。その意見指示しますよ、という気持ちの100分の1くらいの同意なのですが、外人からすると、やっぱり日本人は俺の言うことよく効くとでも思っているのかもしれません。
例として外人のリアクションは、相手が話している時は、じーーーっと相手の目を見て固まります。話し終わったとたんに、大きなジェスチャーでリアクションします。Wow!とかWondoufulとか。日本人がとりあえず、聞いているという合図として、うなずくのに対して、外人はとりあえず聞いているという合図として、大きなジェスチャーをします。この辺が気持ちから飲み込まれる原因だと判明いたしました。ですので、これからはあまりうなずきすぎない人生を送ってみようかと思います。追ってご報告いたします。では。
信頼できる機械 と 信頼できない機械の境目はどこにあるのか?
・電子計算機=超信頼できる ・携帯電話=信頼できる ・PC=常に不安 ・飛行機=不安 ・自動車=やや不安 ・船=信頼できる ・ジェットコースター=信頼できる ここには、どういった法則があるのだろうか?基本的に機械といっても、操作するのは 人間なので当然100%完璧ということはありえない。 では、信頼と不安の境目はどこに?答えは「想像の範囲」にあります。 自分の想像を絶する可能性のあるものには、不安を感じます。船などは想像を絶する 沈み方はしないので、同じ乗り物でも比較的安心感があります。 ジェットコースターもまっさかさまになったり、80キロとか出ますが、所詮動く範囲が決まっているので、想像できる範囲です。飛行機は全く想像不可能。PCも想像不可能な状態でフリーズ したりします。 ということで、「想像できない動きをする可能性のある機械に不安を感じる」ということです。
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